今和次郎「日本の民家」再訪

執念を感じる1冊。なんと、およそ100年前の名著「日本の民家」に収録された無名の民家の現在を追った本。合計46か所のうち、20か所を敷地特定、11か所を街区特定、15か所は特定できずとのこと。

【本書からの引用】

『「日本の民家」は民家研究の嚆矢として紹介されながらも、従来の日本の建築史学の世界にあっては、その価値を不当におとしめられてきた。第二次世界大戦後以降に活発化した日本の民家研究は、急激に破壊されていく民家の全国的調査と、その年代史的変化を、間取りの変遷の実証分析などによって確定することにより、客観的な学問として成立させていった。これらの主要な流れのなかで、「日本の民家」は、非科学的(データが抽象化、客観化されていない)として片づけられてしまったのである。』(p.47)

『「日本の民家」を著わした大正期は、米騒動や小作争議に代表されるように、中央と地域のバランスが、資本経済の勃興によって崩れてしまった時代だったのである。まるで現在にもつながっている社会矛盾のひな形の誕生といってもよかった。』(p.257)

「家が空き家となり、所有者が別の場所に居住するという現象は、これまで積極的な意味では考察されてこなかった。だが今回各地の再訪調査を通してわれわれが学んだのは、別に生産拠点をもつことが、民家を残存させるバッファーとして機能することであった。」(p.351)

『とくに道路の配置形状は、近年その周囲が大きく都市化したような地域であっても、元の集落の輪郭や地割をよく留めて見えることが多い。こうして判読した集落の形は、対象となる民家を推測し「絞り込む」うえで非常に有効であった。』(p.358)

「ダムや高速道路の建設といった都市基盤施設の建設プロジェクトは土地形状をも改変し、場合によっては集落が消滅することもある。なにより建設地として選ばれた地域の内在的理由ではなく、離れたところにある大都市の事情が要請した事業であることが特徴である。」(p.359~360)

「敷地まで特定できた20件の内訳は、90年前の民家が残っていた(主要構造部が半分以上現存を基準とする)ものが6件、以前とはまったく違う間取りに建て替えられていたものが9件、以前と類似した間取りに建て替えられていたものが4件である。」(p.361)

「土間、二階、蔵、作業小屋という変更要素によって、床のある空間が継続要素となっていることがわかる。そして、建て替え後の平面計画のなかで、とくに強く意識されているのが回遊する動線である。(中略)つまり、床のある空間は回遊する動線をもつ住まい方と一体となって継続されてきたと捉えるべきである。」(p.364)


【書誌情報】
今和次郎「日本の民家」再訪 Nihon no Minka
今和次郎 Kon Wajiro
瀝青会 Rekiseikai
株式会社平凡社 Heibonsha
2012

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