古民家オーナーインタビューvol.4
「おぢか古民家ステイ・レストラン」(前半)
Cominka Owner Interview vol.4 “Ojika Cominka Stays and Cominka Restaurant”(1)
English here.
劇団員として日本全国を飛び回る生活から小値賀島へIターン
大学時代にたまたま公演を観たのがきっかけで、秋田に本拠地を置く「わらび座」という劇団に入団しました。日本全国で公演を行う他、演劇を手段として、地域づくりや教育活動も行っているので、修学旅行の受け入れや農業体験プログラムの提供などにも関わりました。
結婚して子どもが生まれたのを機に退団し、昔から憧れていた九州を中心に移住先を探しました。生活圏内にコンビニが無い、米作りができる等が条件でした。色々な自治体に問合せをしましたが、小値賀の対応が一番良かった。引越しする家が決まる前に、自分の田んぼが決まっていましたから(笑)
NPO法人の立ち上げ~アレックス・カーさんとの出会い
小値賀には、田舎暮らしにきました。最初は、古代米の販売や観光協会のアルバイト等で収入を得ていました。当時は、自分は都会に育ったから島に憧れたし、島の子どもたちが都会に憧れて出て行くのは仕方がない、と思っていたのです。しかし、島の中学生のアンケートでは、3人に1人が家業を継ぎたいと言っている、と聞いたのです。仕事があれば島に帰りたい、という若い人達もいます。島に仕事を作る事が大切だと思い、当時の町長や観光の中心にいる人達と「NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会」の前身となる団体を2005年に立ち上げ、民泊事業を始めました。
2007年にテレビ番組の取材でアレックス・カーさんが来島することになった時、ちょうど「藤松」をどうするかという話があり、京町家ステイのプロデュースをしているアレックスさんなら良いアイデアがあるかもしれないと思って見てもらいました。アレックスさんには、最初から、一枚板の大テーブルやカフェのイメージがわいていました。
同じ価値観の仲間と共に
小値賀にIターンしてから、怒涛の8年間でした。道なき道を走ってきました。町長や議員さん、役場や観光協会の方々、地元の人達のバックアップがなければ、島の中のコンセンサスもとれなかったと思います。そして同時に、島の外から同じ価値観の仲間が集ってくれたのが良かった。
大事なことは、この島の出身かどうかではなくて、価値観を共有できるかどうか。この島が好きで、この島を残したいという想いです。島を残すための手段として古民家があったり、観光があったりするのです。
運営体制やコンセプトなど
スタッフは、合計18名。半分以上がIターンです。役場から委託された古民家の管理業務や自然体験、農業体験、民泊などのプログラムの企画・運営なども行っています。2009年には、NPO法人とは別に「株式会社小値賀観光まちづくり公社」を立ち上げ、業務分担を行っています。
民泊や無人島ツアーは、青少年層が7~8割でしたが、古民家をきっかけに、もっと幅広い年代の方に小値賀に来てもらって、島の人と出会ってもらい、島を好きになってもらう、というのが古民家ステイ・レストラン事業のコンセプトです。
総合的なコンサルティングを依頼している会社はありません。関わって頂くプロの方々に自分達のコンセプトを伝え、彼らが小値賀に対して感じる事とすり合わせるのが大事だと思っています。
ウェブサイトや冊子なども、広報担当が中心となって社内で企画を行い、部分的に外部のウェブデザイナーさんや役場にお願いしています。
翻訳:齋藤高晴(コミューナ・トランスレーション・デザイン有限責任事業組合)
高砂樹史さん
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この地図の周辺スポットを見る 1)野崎島の旧野首教会 1908(明治41)年、教会建築の名工、鉄川与助によって設計・施工され、創建当時の原形が保たれており、全国からも高い評価を受けています。 所在:長崎県北松浦郡小値賀町野崎島 2)地ノ神島神社
肥前型鳥居の中でも旧平戸藩内にのみ分布する鎮信鳥居と通称される珍しい形式の鳥居。向かい側にある野崎島の沖ノ神島神社と対になっている。 所在:長崎県北松浦郡小値賀町 |
ENGLISH
Cominka Owner Interview vol.4
“Ojika Cominka Stays and Cominka Restaurant”(1)
From the life of traveling around as a member of a theater company to finding a new life in Ojika
I left the theater company when we had a baby, and looked for a place to get relocated to mainly in and around Kyushu, a place I had longed to live for a long time. My conditions included: there is no convenience stores within the living area and we can do rice farming. I inquired many local governments, and the response of Ojika was the best. I had my rice fields even before I decided which house to move in!
Launching an NPO and encounter with Alex Kerr
When Alex visited the island for TV coverage, we were in discussion of what to do with "Fujimatsu". So we asked him to have a look, thinking that, having produced Kyoto Townhouse Stays, he might be able to come up with a good idea. From the very beginning, he was imagining huge solid timber table and café.
Working with people who have same values
What is important is not if you are from this island. It's about whether or not you can share the same value – loving the island and determination to keep it alive. Cominka and tourism are means for that.
Organization and concept, etc.
For home-stay, young people used to account 70-80% of the guests, but using cominkas, we are hoping to receive people from wider range of generation here in Ojika – they meet locals and this island becomes a special place for them. That's the concept of this program.
We are not working with a general consulting company. I think communicating our concept to each professional and discussing about what they felt about Ojika in relation to what we want to express is important. Website and pamphlet, too, are planned here with our PR person at the center, and we outsource part of it from external designers or town hall.